スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - | - | - |
<< marche | main | 翅-hane-ペンダント3 >>

動物⇔人間

こんにちは。michicaです。

今日の朝(と言っても遅寝遅起きの私の朝。世間は昼と呼ぶ)、私にとてもよくしてくれる叔母様から一通のメール。

叔母様が可愛がっていた猫が亡くなったというお知らせのメールでした。
メールからこぼれ落ちる叔母様の悲しい気持ちが凄まじく、朝からもらい泣きをしました。
叔母様はとても頭のいい人で、メール一つ、単語一つにもそれが表れる人で、今朝のメールなんか読んでるだけで叔母様が家の中に猫の姿を探してはもう居ないのだという事実を何度も突きつけられて打ちのめされている光景が目に浮かぶようなメールでした。

私は常々、動物は野生が一番美しいと思っているのですが、そこから考えると人間に飼われている動物は最早飼われているのでなく普通に共に暮らしているだけで、つまりここまで来ると動物と人間の区別はなくなるのでは、と。
姿形がたまたま別の種族に生まれただけで精神的には人間なのではないでしょうか。

私は野生動物のために涙は流しません。全く自然の一部として生きている彼らの自然な死を美しいとは思いますが可哀相とはあまり思わないからです。
私は特に動物大好きでもなく大嫌いでもない中途半端な視点の持ち主ですが、それでも自然を美しいとは思いますしその中の一部として生まれておきながら己の意志で行動できる野生動物たちを時々羨ましいと思うことがあります。

私は動物を飼ったことはありませんし、この先飼う予定も今のところはありません。
なのでよくテレビやネットで「ペットじゃない!家族だ!」みたいなことを言っているのをいつも覚めた頭で聞き流していたのですが叔母様の猫が亡くなって、考えてみたらそういうことかと。
メールでもらい泣きする程度には私はあの猫を人間扱いしていたのかも知れません。

叔母様のメールにはまだ返信していません。
慰めるのか、励ますのか、一緒に悲しむのか、どれも正解じゃないと思えるからです。
あの猫が仮に人間だとするならもうかける言葉なんて見つかりません。


今日はしんみりしたブログになりました。
この出来事もいつか私の作品の一部になる日がくるのでしょうか。まだわかりませんが動物を飼ったことのない私に「動物⇔人間」を気づかせるくらいの出来事でした。
それでは。
暗転。
| つれづれぐさ | 00:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

スポンサーサイト

| - | 00:44 | - | - | - | - |
Comment









Trackback
url: http://michika1039.jugem.jp/trackback/123

04
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
--
>>
<<
--